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天空の聖地ブータン
2009-02-07
ダージリンの帰り道、バスでブータンへ向かった。ブータンは、外国人旅行者が入国するためには1日200ドルを前払いし、旅行会社を通じて団体旅行をしなければならないことになっている。なんてバックパッカー泣かせの国だ。
そんな非常に行き難い国だけど、唯一ブータンにビザ無しで入国できる街があると聞いた。
それは「フリーゾーン」と呼ばれる街、プンツォリンであり、インド、ブータンの人々がほぼ自由に行き来できるエリアだそうだ。
カルカッタの宿でそんなことを聞いたのだけど、
「まぁ、行ってみないと分からないよね。」
という話になり、それじゃまぁ行くしかないかと、確かめに行くことにした。
ブータンに、ものすごい思い入れがあった訳ではないんです。
だけど今でこそ、こういう国に行ってみたいと思う。
というのも、前に書いた国民総幸福度(GNH)に共感してしまうからだ。
20080713:幸せをめぐる国、ブータン
ブータンでは、教育費、医療費を全て無料にし、国民の生活に最低限必要な福祉を充実させている。
近隣の王国が消滅していく中で、礼儀作法や道徳の授業に力を入れて、伝統文化を守りながら国際化も進めている。
国としてなんて素晴らしいのだろう。
便利になって、効率化された社会の中で生きていて、そんな人間性を取り戻させる思想を持っている国に惹かれるのは僕だけではないはずだ。
自分の国もそんな国であってほしい、と思いつつも受け入れ切れない部分もある。
レストランでの贅沢な食事や、バーで飲み明かすこととか、そもそも鎖国なんかされちゃったらこんな旅も出来ない。
なんだかんだ言って、今あるものを手放すのって、正直惜しい。
でも日本だって戦後からこんなに繁栄するなんて、世界の奇跡だ。
今の日本人は幸せが分からなくなってしまった、みたいなコメントをニュースで聞くことがあるけど、色々な経験が出来ることも幸せだと思う。
これが幸せなんです、というものは分かりづらくなっちゃうけど。
世界的に価値観が変わりつつある中で、チベットやブータンみたいな国が50年後には世界をリードしていたりして。
インド側から見た国境のゲート
ブータン人は日本人と顔が似ているから、しれーっとした顔で歩いていれば入れるんじゃない?
なんて言われたのを真に受けて、ゲートへ向かった。
「ゴ」
ブータン人の多くは「ゴ」という民族衣装を着ているので、ちょっと見れば僕がブータン人ではないことは明らかなのだけど・・
ゲート近くでは色々な声が飛んでいるけど、どれも自分に対して飛んできているわけではなさそうだ。と、自分に言い聞かせてしれーっと通り抜ける。
ゲートをくぐると、そこは確かにブータンだった。
数メートルの距離で人種が一気に変わる。
人種が異なる国の国境越えは、国という存在を改めて実感させる。
ブータンから見たゲート
Vespaか??
ブータン人の顔の第一印象は、
「雪山でスキーかボードにはまって、ペンションでバイトしている日焼け顔の大学生」ぽい。
チベット人も日本人に似ているなぁと思ったけど、ブータン人はもっと似ている。
同じく「鎖国」という対策をとったことのある国として、国民性も似ている部分はあるのだろうか。
出来るだけ目立たないように、ゲートを離れて街中を目指すと中心部には意外とお店やレストランがあり、ゲーセンみたいなところにスーパーマリオがあったり、インターネットカフェもあったりと、意外とあるものはある。
国境の街だから色々な物が集まるのだろうけど。
食堂で何かブータンらしいものを食べたいなと思ったのだけど、メニューがさっぱり読めない。
店員さんにも言葉が通じないので、
「お腹が減っているから何かオススメのものをお願い!」
と、伝えるとカレーが出てきた・・
インドでカレーには飽きていたから、別のものを期待していたんだけど食に国境は無いということか。ブータンのカレーは、インドのものよりも油っこかった。
肉も脂身が多めで、ミャンマーで食べたカレーと似ていた。
腹ごしらえすると、外は暗くなっていた。
ビザがないため、ブータン側では宿は取れない。
と、聞いていたのだけど、ダメモトで2,3軒回ってみる。
ここに来るまでのバスの中でブータン人に教わったゾンカ語(ブータンの国語)で何とか交渉してみる。けど、
いくら? というのと、1から10までの数字しか覚えられなかったから交渉にもならない。
暗くなるにつれて、辺りの電気も次第に消えていく。
やっぱり無理か。インド側で宿をとるしかないか。
明日、また国境をくぐれるか分からない。
それにブータンで泊まってみたいという気持ちが残っている。
ブータンに入りやすいようにと、カルカッタから荷物は財布とパスポートだけを入れたポーチしか持ってきていなかったので、歩き疲れも無くもうちょっと回ってみることにした。
5軒目くらいであっさりと受け付けてくれる宿があった。
言葉は通じないのだけど、ノートに名前を書けといつものチェックインの手続きが始まる。
パスポートは? と手を出されたので僕は青い「日本国」と書かれたパスポートを出した。
宿のおっちゃんは、パスポートの表紙を少しだけ見つめ、僕の顔を見た後、何も言わずに番号を控えていた。
ヒヤっとしたけど、とりあえず泊まることは出来そうだ。
だけど長居することは難しそうだ。1泊だけだとおっちゃんに伝える。
翌日は街中をひたすら散歩した。
既に前日に回りきってしまったのだけど、ゆっくり見ていると細かいところが色々と見えてくる。
顔が似ているとはいえ、外国人があまり立ち寄るこのとがないのか売店でジュースを買って飲んでいると視線を感じる。
流石にやることが無くなると、日本にいる友達や親のことを思い出す。
ジェイといる間、しばらく葉書を書いていなかったので郵便局を探すことにした。
それに、ブータンからの手紙はなかなか貴重だと思ったのだ。
ブータンから、初めて親にも葉書を書いた。
郵便局はしばらく歩いた丘(山?)の上にあった。
街中ではポストカードが見つからなかったので、郵便局のお姉ちゃんに売っているかどうか聞くと、何年前の物だか分からない、輪ゴムでまとめられた黄ばんだポストカードの束が出てきた。
写真の善し悪しよりも、出来るだけ白さを保っているのを選ぶ。
その場で数枚書き、「Air mail To Japan.」という文字を見せて切手が欲しいと伝えるのだけど、お姉ちゃんはまるで初めて海外に葉書を送るのか、どうしたらいいのか分からない様子で戸惑っている。
葉書を持って奥の部屋に入っていってしまった。
あれ、まずいのかな・・
と思って、ドキドキしながら待っていると、ラフな格好のおっちゃんが出てくる。
何を言われるのかと思ったら、大きなファイルを差し出してきて切手を選べ、ということだった。
葉書はろくなのがなかったのに、切手は結構充実している。
年賀状の抽選で当たるような切手で、一枚一枚絵が違うようなものが多かったと思う。
龍や寺院など、いかにもって感じのものを選ぶと、おっちゃんは無造作に葉書に張り付ける。
切手は予想以上に大きくて、葉書の文字は少し隠れてしまった。
日本にちゃんと送られてくることを祈って、郵便局を後にした。
そろそろカルカッタへ戻るか。
バスターミナルでチケットを買って、出発の時間まで売店の軒先で腰を下ろしてジュースを飲んでいると声をかけられた。
「Show me your Passport.」
しっかりとした英語だった。
しまった!
私服警官(制服なんてあるのか?)のようで、どこから来た? いつ帰るんだ? といくつか質問を受ける。
「インドから来て、もう次のバスで帰るんだよ。」
と、チケットも見せると、「バスに乗り過ごすなよ。」と言われそれ以上問いただされることはなかった。
パスポートのコピーは取られたけど。
ビザ無しで入れたプンツォリンも、今ではチェックが厳しく入れないらしい。
僕のような人たちの行為のせいかと思うと、申し訳ない。
でも、ブータンに行くなら国境だけでなく、もっと内部に行ってこそ価値があるのだと思う。
確かにお金はかかるけど、プライスレスな経験が出来るはずだ。
それは「フリーゾーン」と呼ばれる街、プンツォリンであり、インド、ブータンの人々がほぼ自由に行き来できるエリアだそうだ。
カルカッタの宿でそんなことを聞いたのだけど、
「まぁ、行ってみないと分からないよね。」
という話になり、それじゃまぁ行くしかないかと、確かめに行くことにした。
ブータンに、ものすごい思い入れがあった訳ではないんです。
だけど今でこそ、こういう国に行ってみたいと思う。
というのも、前に書いた国民総幸福度(GNH)に共感してしまうからだ。
20080713:幸せをめぐる国、ブータン
ブータンでは、教育費、医療費を全て無料にし、国民の生活に最低限必要な福祉を充実させている。
近隣の王国が消滅していく中で、礼儀作法や道徳の授業に力を入れて、伝統文化を守りながら国際化も進めている。
国としてなんて素晴らしいのだろう。
便利になって、効率化された社会の中で生きていて、そんな人間性を取り戻させる思想を持っている国に惹かれるのは僕だけではないはずだ。
自分の国もそんな国であってほしい、と思いつつも受け入れ切れない部分もある。
レストランでの贅沢な食事や、バーで飲み明かすこととか、そもそも鎖国なんかされちゃったらこんな旅も出来ない。
なんだかんだ言って、今あるものを手放すのって、正直惜しい。
でも日本だって戦後からこんなに繁栄するなんて、世界の奇跡だ。
今の日本人は幸せが分からなくなってしまった、みたいなコメントをニュースで聞くことがあるけど、色々な経験が出来ることも幸せだと思う。
これが幸せなんです、というものは分かりづらくなっちゃうけど。
世界的に価値観が変わりつつある中で、チベットやブータンみたいな国が50年後には世界をリードしていたりして。
インド側から見た国境のゲートブータン人は日本人と顔が似ているから、しれーっとした顔で歩いていれば入れるんじゃない?
なんて言われたのを真に受けて、ゲートへ向かった。
「ゴ」ブータン人の多くは「ゴ」という民族衣装を着ているので、ちょっと見れば僕がブータン人ではないことは明らかなのだけど・・
ゲート近くでは色々な声が飛んでいるけど、どれも自分に対して飛んできているわけではなさそうだ。と、自分に言い聞かせてしれーっと通り抜ける。
ゲートをくぐると、そこは確かにブータンだった。
数メートルの距離で人種が一気に変わる。
人種が異なる国の国境越えは、国という存在を改めて実感させる。
ブータンから見たゲート
Vespaか??ブータン人の顔の第一印象は、
「雪山でスキーかボードにはまって、ペンションでバイトしている日焼け顔の大学生」ぽい。
チベット人も日本人に似ているなぁと思ったけど、ブータン人はもっと似ている。
同じく「鎖国」という対策をとったことのある国として、国民性も似ている部分はあるのだろうか。
出来るだけ目立たないように、ゲートを離れて街中を目指すと中心部には意外とお店やレストランがあり、ゲーセンみたいなところにスーパーマリオがあったり、インターネットカフェもあったりと、意外とあるものはある。
国境の街だから色々な物が集まるのだろうけど。
食堂で何かブータンらしいものを食べたいなと思ったのだけど、メニューがさっぱり読めない。
店員さんにも言葉が通じないので、
「お腹が減っているから何かオススメのものをお願い!」
と、伝えるとカレーが出てきた・・
インドでカレーには飽きていたから、別のものを期待していたんだけど食に国境は無いということか。ブータンのカレーは、インドのものよりも油っこかった。
肉も脂身が多めで、ミャンマーで食べたカレーと似ていた。
腹ごしらえすると、外は暗くなっていた。
ビザがないため、ブータン側では宿は取れない。
と、聞いていたのだけど、ダメモトで2,3軒回ってみる。
ここに来るまでのバスの中でブータン人に教わったゾンカ語(ブータンの国語)で何とか交渉してみる。けど、
いくら? というのと、1から10までの数字しか覚えられなかったから交渉にもならない。
暗くなるにつれて、辺りの電気も次第に消えていく。
やっぱり無理か。インド側で宿をとるしかないか。
明日、また国境をくぐれるか分からない。
それにブータンで泊まってみたいという気持ちが残っている。
ブータンに入りやすいようにと、カルカッタから荷物は財布とパスポートだけを入れたポーチしか持ってきていなかったので、歩き疲れも無くもうちょっと回ってみることにした。
5軒目くらいであっさりと受け付けてくれる宿があった。
言葉は通じないのだけど、ノートに名前を書けといつものチェックインの手続きが始まる。
パスポートは? と手を出されたので僕は青い「日本国」と書かれたパスポートを出した。
宿のおっちゃんは、パスポートの表紙を少しだけ見つめ、僕の顔を見た後、何も言わずに番号を控えていた。
ヒヤっとしたけど、とりあえず泊まることは出来そうだ。
だけど長居することは難しそうだ。1泊だけだとおっちゃんに伝える。
翌日は街中をひたすら散歩した。
既に前日に回りきってしまったのだけど、ゆっくり見ていると細かいところが色々と見えてくる。
顔が似ているとはいえ、外国人があまり立ち寄るこのとがないのか売店でジュースを買って飲んでいると視線を感じる。
流石にやることが無くなると、日本にいる友達や親のことを思い出す。
ジェイといる間、しばらく葉書を書いていなかったので郵便局を探すことにした。
それに、ブータンからの手紙はなかなか貴重だと思ったのだ。
ブータンから、初めて親にも葉書を書いた。
郵便局はしばらく歩いた丘(山?)の上にあった。
街中ではポストカードが見つからなかったので、郵便局のお姉ちゃんに売っているかどうか聞くと、何年前の物だか分からない、輪ゴムでまとめられた黄ばんだポストカードの束が出てきた。
写真の善し悪しよりも、出来るだけ白さを保っているのを選ぶ。
その場で数枚書き、「Air mail To Japan.」という文字を見せて切手が欲しいと伝えるのだけど、お姉ちゃんはまるで初めて海外に葉書を送るのか、どうしたらいいのか分からない様子で戸惑っている。
葉書を持って奥の部屋に入っていってしまった。
あれ、まずいのかな・・
と思って、ドキドキしながら待っていると、ラフな格好のおっちゃんが出てくる。
何を言われるのかと思ったら、大きなファイルを差し出してきて切手を選べ、ということだった。
葉書はろくなのがなかったのに、切手は結構充実している。
年賀状の抽選で当たるような切手で、一枚一枚絵が違うようなものが多かったと思う。
龍や寺院など、いかにもって感じのものを選ぶと、おっちゃんは無造作に葉書に張り付ける。
切手は予想以上に大きくて、葉書の文字は少し隠れてしまった。
日本にちゃんと送られてくることを祈って、郵便局を後にした。
そろそろカルカッタへ戻るか。
バスターミナルでチケットを買って、出発の時間まで売店の軒先で腰を下ろしてジュースを飲んでいると声をかけられた。
「Show me your Passport.」
しっかりとした英語だった。
しまった!
私服警官(制服なんてあるのか?)のようで、どこから来た? いつ帰るんだ? といくつか質問を受ける。
「インドから来て、もう次のバスで帰るんだよ。」
と、チケットも見せると、「バスに乗り過ごすなよ。」と言われそれ以上問いただされることはなかった。
パスポートのコピーは取られたけど。
ビザ無しで入れたプンツォリンも、今ではチェックが厳しく入れないらしい。
僕のような人たちの行為のせいかと思うと、申し訳ない。
でも、ブータンに行くなら国境だけでなく、もっと内部に行ってこそ価値があるのだと思う。
確かにお金はかかるけど、プライスレスな経験が出来るはずだ。



