幸せをめぐる冒険  マザーハウスで見たもの

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マザーハウスで見たもの

 2009-01-18
バラナシでは宿の部屋で自炊なんかもした。
ジェイが韓国風ラーメンでも作ってやる、と言うので市場でwater heaterなるものを買って、お湯を沸かす程度で出来るものを作った。
インスタントラーメンにゆで卵をのせたものと、トマトスライスがその日の夕食だった。
バラナシではいくらいても飽きなかった。
疲れも出てきたせいもあるだろうけど、特に何もせず1日1日が過ぎていた。
居心地が良かったのは確かだけど、それはネパールで感じたような快適さではなく、風景の美しさでも、人との出会いによる楽しさだけでもなかった。
それらとはまた違う、何かが僕らを惹きつけていた。
インドにはまってしまう人の気持ちも分かる。
日本で長い時間を過ごしても、決して出会えないような出来事が毎日起こるのだ。

値切り交渉や、人に道を聞くのが一つのイベントになる。
特に値切り交渉は大変だった。
あの頃は面白半分で根強く交渉していたけど、今なら適当なところでお金を払ってしまうだろう。

ちょっとしたリキシャでも、みやげ物屋でも、1回目の言い値では適正価格の5倍くらいしていると思っておいてもおかしくないくらいだ。
ある時、言い値が200ルピーだったのを、何度か価格交渉をして60ルピーぐらいまでにして、

「60 Rupee Last Price OK?」
 「OK!」

と言って、やれやれと思ってお金を渡そうとすると

  「Yes. 100 Rupee!」
   「えぇ? あんた人の話聞いてた??」

と、思わず日本語で返してしまうようなことがあった。

それからガンジス川でたそがれていたときのこと。
みやげ物を持った兄ちゃんが近づいてきて、色々売りつけてくるんだけど僕は全く興味がない。
「いらないよ。」とだけ口にして首を振り続けていると、兄ちゃんは諦めたのか僕の近くを離れて行った。

ふーっと思って川沿いで夕陽を待っていると、後ろからバタバタと駆け寄ってくる音がする。
何だろうと思って振り向くと、そこにはヤギみたいな動物を抱えた兄ちゃんが立っていた。

「?」

兄ちゃんと目が合ったけど、僕は混乱して何が何だか分からない。
ヤギを突きだすと兄ちゃんは言った。

 「100 Rupee!」

そう言われても一瞬分からなかったが、すぐに笑ってしまった。
野良ヤギを売ってしまうなんて発想に感心したけど、お前のもんじゃないだろっていうのと、ヤギでも持ってくれば僕が買うとでも思ったのだろうか。
インドジョークはレベルが高い。
笑ってしまった後は、川沿いで「日本では何をやっているんだ?」みたいな会話が始まる。
結局、帰りに自分から一番小さい腕輪を買って帰ってしまった。

2001_india08 この車好きなんだよね
バラナシの後はカルカッタへ。
カルカッタでは、サダルストリートの安宿である「ホテルマリア」と、「サルベーションアーミー」に半々くらい滞在していた。
サダルストリートでは、屋台で焼きそばみたいなのや、コンビニのからあげくんそっくりの唐揚げを食べたり、ラッシーを飲んだり。

2001_india23 屋台で焼きそば
うーん、サダルストリートではそれくらいしか覚えてない。
他には、街中の本屋に涼みに行ったり。

マザーハウスにも行った。
マザーハウスは、「死を待つ人の家」と呼ばれることもある。
そこにいる障害を持った子たちのボランティアをしに、色々な国の人たちが集まってきている。
同じ宿に、ボランティアを10年以上続けているというおばちゃんに誘われて行ったのだけど・・

僕の行ったマザーハウスは1階と2階に別れていて、2階は障害が重い子供たちが集められていて、寝たきりの子もいた。
お風呂のあとに体を拭いたり、トイレ掃除をしたり、マッサージ、ご飯、ベッドメイクなどなど。
マッサージでは特に子供と直接関わる時間なんだけど、みんな体は変形していて変形した間接などは触るとすごい冷たかった記憶がある。
多少の病気はあっても、五体満足であるという幸せを痛感した。
あの子たちにとっては、普通に息が出来て、ご飯が食べれることが幸せなのだろう。

中途半端な気持ちでマザーハウスに来てしまった僕は、
 「僕は何か間違ったことをしてしまっているんではないだろうか?」
と、少しばかり反省もした。
それはマザーハウスに来たことも、インドに来ていることも。

何でも見てやろうと思いつつ、色々な現実を見せつけられると困惑してしまっている。
楽しいのふりをして、実は面倒なことから逃げ回っているだけではないのだろうか。
足元だけを見て、闇雲にさまよっているだけではないだろうか。
それは今になって思うと確信に近い。

きっと僕の体験と似たようなことは、インドに行った人はみんな体験していて、多くの人に語り継がれて、多くの旅行記も残っている。
インドに行く前に、僕もいくつか読んでみたことがある。
興味を持ちながらも、人の旅行記の反復にならないようにしたいと思っていたし、いくつかは誇張じゃないのか? なんて思っていた。
だけどそれは誇張ではなかった。
インドが気になったら、インドに行ってみるといいと思う。
インドでの体験は、きっと細胞の一つ一つに忘れられない記憶となって残ると思う。

インドには、1つの視点だけでは判断することの出来ない雑然とした問題がある。
マザーハウスからの帰り道、

「今はただ、を楽しもう。」

そう思った。

インドは好きか? 楽しいか?
と言われて、僕は一言で言い表すことが出来ない。

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