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カトマンズの生姜焼き
2008-12-20
チベットから抜けてきた旅行者にとって、カトマンズは天国だ。なんといっても暖かいし、ご飯がおいしい。旅行者もたくさんいる。
でも、ネパールの本当の姿というのは今でもよく分かっていないところが多い。
緑が増えていく石ころだらけだった山も、ネパールに入るとこんな長閑な風景に変わっていく。
今まで着込んでいた服が段々と体から離れていき、外の空気で自分の体が暖められるようになるとエネルギーが湧いてくる。
体の細胞が冬眠から徐々に覚めていくようだ。
寒いところも嫌いじゃないけど、やっぱり暖かいところがいい。
カトマンズの街並みカトマンズでは、タメル地区という安宿が集まるところに1週間以上いた。
ここは安宿だけでなく、旅行会社やネットカフェはもちろんのこと、本屋や、キャンプ用品を売る店など、おおよそ旅行者にとって必要なものは何でも揃えられる。
パスポートとお金さえあれば、手ぶらでこの街に来て旅を始めることは可能だ。
水掛け祭り
やられちゃいましたカトマンズに着いた数日後は、色水をかけあって楽しむヒンドゥ教の祭、「ホーリー」の日だった。
街中を歩いていると、どこからともなく水風船を投げつけられる。
えぇ!? っと最初は思ったけど、頭上からバケツで水をかけられて、怒るとかいう前にどーでもよくなってくる。
チベットの正月もそうだけど、こんな期間にここに来たのは何かの縁なのだ。しゃーない。
このルートで今後旅する人がいるのなら、是非この時期に行くことをお勧めしたい。
その時はトイザラスで水鉄砲でも買って行って、応戦してきてほしい。
チベットでは、元々食べ物に関してはあまり期待していなかったけど、ここカトマンズではいい意味で裏切られた。
僕が今まで行った場所で、「食」に関して言えばタメル地区は間違いなくベスト3に入る。
というのも、中華、インド料理以外に、欧米人もアジア人も多く訪れるためか世界各国の料理屋が立ち並んでいるのだ。
この「食」のせいで長居してしまった人は多いんじゃないかと思う。
日本食レストランも多かった。
確か10軒近くあって、「味のシルクロード(味シル)」や「ふるさと」、「古都」は覚えている。
他の国で食べる日本食は、見た目は似ているけど味は全然別物だったりするんだけど、どの店も日本で食べるのとほとんど変わらない味だった。
浜崎あゆみの曲をBGMに食べていると、日本で安い定食屋に来ているのかと錯覚してしまう。
ネパールに行ったんだから、ネパール料理を食べろよ って思うでしょ。
僕もそう思っていたのだけど、やっぱり久々に食べる日本食はおいしい。
生姜焼きとか、カツ丼とか、卵雑炊とか。日本人でよかった。
いろんな国の料理を食べて、夜はバーでビールにカクテルにウイスキーをしこたま飲んで。
ここらあたりから韓国人のジェイと一緒に行動していくんだけど、ジェイは食べるものにうるさく、それもあってここから先の旅は多少グルメな旅にもなっていった。
数日経つとお腹も満足してきたのか、ネパール料理である「ダルバート」をよく食べていた。
ダル(豆スープ)とバート(米飯)のことで、カレー味の野菜などがちょこっと添えられたネパールの代表的な家庭料理で、ネパール定食みたいなもんだろうか。
なんと言っても安くて、お代わり自由で、これを食べる場所では大抵ネパール人と仲よくなれる。
ただ、ある日ネパール人と暗闇の中でハエのたかるダルバートを食べながら、この国が置かれている状況を少しだけど知ることになる。
ここまで読んで、ネパールは豊かな国だなぁ、なんて思った人ももしかしたらいるかもしれない。
僕も入ってすぐの時はそう思ってた。
何をもって豊かというかは置いとくとして、1人当たりのGDPだけで見るとネパールは世界で下から16位なのだ。(2007年)
アフリカとかも含めた世界全体で、である。
そして観光地というイメージが強いかもしれないけど、1996年から2006年にかけて11年間にわたり、ネパール政府軍とネパール共産党毛沢東主義派(マオイスト)の間で内戦繰り広げられていた。つい最近までのことで、僕が行った時期はその内戦の最中だったのだ。
ネパールはそんな状況の国であることを、僕はこの旅から帰って来てから知った。
インドのビザ待ち行列インドのビザはカトマンズで取った。一日がかりでようやく取れた。
僕は結構すんなり取れた方だけど、人によっては結構苦戦する人もいるらしい。
インドビザを取るためにタメル地区で足止めを食らってしまう人もいるくらいだ。
今思えば、業務の効率化なんて1%も考えていないこの大使館がインドの入り口だった。
そんなインドに向かう前に、王様の別荘があるらしいポカラに寄って行くことにしました。



