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中国の車窓から(蘭州、ゴルムド)
2008-10-18
全財産とパスポートが戻ってきた夜、僕は一人で泣いた。持って行ったCDを何度も聴いて、寝ついたのは明け方だった。北京からは蘭州という街へ向かい、この街で2泊ほどしてゴルムドという当時のチベットヒッチハイクポイントへ向かった。現在はゴルムド〜ラサの間は青蔵鉄道が通って、チベットも行きやすくなったと思います。
北京駅では出発前にホームで母親と話している女の子を見つけ、発車を知らすベルとともに泣きながら電車に乗ってきた。
久々の里帰りなのか、これから一人暮らしを始めるのか分からないけどなんだかキュンとした。
窓際の席で北京の街並みを抜けていく風景を見ていると、さっきの子が前の席に座る。
20歳で蘭州で学生をしているらしい。生物学を学んでいると言っていた。
僕も大学生だと言うとよく専攻を聞かれる。
「Nuclear Engineering」(原子核工学)と答えると、日本でもそうだけど海外では「Realy?」という反応が返ってくる。トヨタ、ソニーの名前は外国人はよく知っていて、それと同じくらいヒロシマの名前と何が起きた場所なのかも知っている。
僕は自分の名前と似ているこの地名で呼ばれることも多かった。
あ、あと日本のゲームやマンガも外国人はよく知っている。
自分の感覚だけど、途上国と先進国(こんな風に分けるのはどうかと思うけど)では有名な日本のマンガがちょっと違う。
途上国はドラえもん。
先進国はドラゴンボール。
クレヨンしんちゃんはその中間あたりにいる。
なぜなんでしょう。誰か研究している人がいたら教えてください。
(マンガで見分ける世界情勢 みたいな)

蘭州は意外と人が多かった。
中国の地方都市という感じで、特にやることは無いんだけど黄河沿いで見た夕日と、夕暮れに川沿いでタコあげをしていた人たちと麻雀をしていた人たちだけは覚えている。
中国に来てから全然日本語を口にしていない。
これから向かうチベットへの道のりについて、中国に来ればなんか情報があるだろうと思って来たもののほぼノープランで進むことになりそうだ。
寂しさと、不安で、本当に何しにきたんだろうと思ってしまう。
こういうことは嫌いじゃないのに、目的もなくどこかへ向かうのがしんどくなるとは思わなかった。
中国の電車には色々ビックリした。
トイレは穴が空いてるだけだし、人は多いし、席は固いし、汚い。
長距離の中国の電車には給湯所みたいなところがあるんだけど、ここが車内でカップラーメンでも売られた後には行列ができる。
それも中国お決まりの割り込み当然のバトルロワイヤル行列だ。順番も列もへったくれも無い。
腹ぺこだったのもあって、僕もかなり強引に割り込む。紳士ではこの電車で生きていけない。
なんとかカップラーメンにお湯を入れて席に戻ると、お尻のところがポッカリ大きく切り抜かれているズボンをはいた子供が走り回っていた。
中国ではそんなベビーファッションをよく見る。
トイレに行ったときに脱ぐ必要がない、というかそこら中がトイレでそこら中でしてしまうのだ。
やれやれ、と思っていた瞬間、子供が目の前でおしっこをしている。目の前の席に座っているのが親らしいのだけど、注意どころか何かの種を食べながら殻をそこら中に吐き捨てている。
電車がカーブにさしかかると、車内の床にたまった黄色い水が流れてくる。
その水をひょいっと足を上げてかわすと、振り子運動のように何度も戻ってくる。
カップラーメンを食べながら、そうやって何度も足を上げたり下げたりしなくちゃならなかった。
「すごいところに来ちゃったなぁ。」
中国ではそんな、生まれて初めて、という経験をよくする。
非常識なことだったり、不条理な不可解が星の数ほど迎えてくれる。
お腹も落ち着き、もう何時間も変わらない車窓の風景をカメラに収めようと思って何度かファインダーを覗いていると、「それは日本のカメラか?」と聞いてくる兄ちゃんがいた。
「そうだよ。」と、カメラを向けると恥ずかしそうに手のひらで顔を隠す。
兄ちゃんたちは何人かのグループで、どこだか分からない中国の町に帰るとこだそうだ。
よくあることだけど、カメラとか、時計とかをいじくりまわした後に「ハウ、マッチ?」と聞かれる。
日本円だといくらくらい、と初めの頃は答えていたけど、ある時から「プレゼントでもらったから値段は分からないよ。」と答えるようにしていた。
国によっては、月収の何倍にあたる値段のものを旅行に来た学生が持っていることもある。
値段を口にしたときの、驚きと一瞬の動揺と軽い失望を何度か見たのでためらってしまう。
「あぁ、自分たちが手にすることはないんだろうな。」という空気が周りから伝わってきて罪悪感すら感じることもある。
彼らの町は本当に小さくて、みんな知り合いのような感じだそうだ。
日本での生活のこと、大学のこと、パソコンのこと、携帯電話のこと、マンガ喫茶のこと、歌舞伎町のこと、サラ金のこと、山手線のこと。
聞かれるままに答えていくとそんなことを話していた。どれも彼らの生活とは無縁のもので、あまり理解できていなかったのではと思う。
ただ、実家の話をしたときは彼らの方から色々と話してきた。
余計なモノの無い世界だからこそ、家族の結びつきは何よりも強いのだろう。
いったい、どちらの世界に住むことが幸せなのだろうか。
どちらの世界が、あるべき姿なのだろうか。
あまり理解できないまま、僕は思った。
暗くなってかなりの時間が経って、通路はかなり冷えるようになってきた。
時計の針は12時過ぎを指している。
窓の外をずっと眺めているのに、明かりらしきものは何も見えてこない。
今までうるさかった中国人の声も静まり返り、ただレールの響きだけが聞こえてくる。
久々の里帰りなのか、これから一人暮らしを始めるのか分からないけどなんだかキュンとした。
窓際の席で北京の街並みを抜けていく風景を見ていると、さっきの子が前の席に座る。
20歳で蘭州で学生をしているらしい。生物学を学んでいると言っていた。
僕も大学生だと言うとよく専攻を聞かれる。
「Nuclear Engineering」(原子核工学)と答えると、日本でもそうだけど海外では「Realy?」という反応が返ってくる。トヨタ、ソニーの名前は外国人はよく知っていて、それと同じくらいヒロシマの名前と何が起きた場所なのかも知っている。
僕は自分の名前と似ているこの地名で呼ばれることも多かった。
あ、あと日本のゲームやマンガも外国人はよく知っている。
自分の感覚だけど、途上国と先進国(こんな風に分けるのはどうかと思うけど)では有名な日本のマンガがちょっと違う。
途上国はドラえもん。
先進国はドラゴンボール。
クレヨンしんちゃんはその中間あたりにいる。
なぜなんでしょう。誰か研究している人がいたら教えてください。
(マンガで見分ける世界情勢 みたいな)

蘭州は意外と人が多かった。
中国の地方都市という感じで、特にやることは無いんだけど黄河沿いで見た夕日と、夕暮れに川沿いでタコあげをしていた人たちと麻雀をしていた人たちだけは覚えている。
中国に来てから全然日本語を口にしていない。
これから向かうチベットへの道のりについて、中国に来ればなんか情報があるだろうと思って来たもののほぼノープランで進むことになりそうだ。
寂しさと、不安で、本当に何しにきたんだろうと思ってしまう。
こういうことは嫌いじゃないのに、目的もなくどこかへ向かうのがしんどくなるとは思わなかった。
中国の電車には色々ビックリした。
トイレは穴が空いてるだけだし、人は多いし、席は固いし、汚い。
長距離の中国の電車には給湯所みたいなところがあるんだけど、ここが車内でカップラーメンでも売られた後には行列ができる。
それも中国お決まりの割り込み当然のバトルロワイヤル行列だ。順番も列もへったくれも無い。
腹ぺこだったのもあって、僕もかなり強引に割り込む。紳士ではこの電車で生きていけない。
なんとかカップラーメンにお湯を入れて席に戻ると、お尻のところがポッカリ大きく切り抜かれているズボンをはいた子供が走り回っていた。
中国ではそんなベビーファッションをよく見る。
トイレに行ったときに脱ぐ必要がない、というかそこら中がトイレでそこら中でしてしまうのだ。
やれやれ、と思っていた瞬間、子供が目の前でおしっこをしている。目の前の席に座っているのが親らしいのだけど、注意どころか何かの種を食べながら殻をそこら中に吐き捨てている。
電車がカーブにさしかかると、車内の床にたまった黄色い水が流れてくる。
その水をひょいっと足を上げてかわすと、振り子運動のように何度も戻ってくる。
カップラーメンを食べながら、そうやって何度も足を上げたり下げたりしなくちゃならなかった。
「すごいところに来ちゃったなぁ。」
中国ではそんな、生まれて初めて、という経験をよくする。
非常識なことだったり、不条理な不可解が星の数ほど迎えてくれる。
お腹も落ち着き、もう何時間も変わらない車窓の風景をカメラに収めようと思って何度かファインダーを覗いていると、「それは日本のカメラか?」と聞いてくる兄ちゃんがいた。
「そうだよ。」と、カメラを向けると恥ずかしそうに手のひらで顔を隠す。
兄ちゃんたちは何人かのグループで、どこだか分からない中国の町に帰るとこだそうだ。
よくあることだけど、カメラとか、時計とかをいじくりまわした後に「ハウ、マッチ?」と聞かれる。
日本円だといくらくらい、と初めの頃は答えていたけど、ある時から「プレゼントでもらったから値段は分からないよ。」と答えるようにしていた。
国によっては、月収の何倍にあたる値段のものを旅行に来た学生が持っていることもある。
値段を口にしたときの、驚きと一瞬の動揺と軽い失望を何度か見たのでためらってしまう。
「あぁ、自分たちが手にすることはないんだろうな。」という空気が周りから伝わってきて罪悪感すら感じることもある。
彼らの町は本当に小さくて、みんな知り合いのような感じだそうだ。
日本での生活のこと、大学のこと、パソコンのこと、携帯電話のこと、マンガ喫茶のこと、歌舞伎町のこと、サラ金のこと、山手線のこと。
聞かれるままに答えていくとそんなことを話していた。どれも彼らの生活とは無縁のもので、あまり理解できていなかったのではと思う。
ただ、実家の話をしたときは彼らの方から色々と話してきた。
余計なモノの無い世界だからこそ、家族の結びつきは何よりも強いのだろう。
いったい、どちらの世界に住むことが幸せなのだろうか。
どちらの世界が、あるべき姿なのだろうか。
あまり理解できないまま、僕は思った。
暗くなってかなりの時間が経って、通路はかなり冷えるようになってきた。
時計の針は12時過ぎを指している。
窓の外をずっと眺めているのに、明かりらしきものは何も見えてこない。
今までうるさかった中国人の声も静まり返り、ただレールの響きだけが聞こえてくる。



