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中国上陸(瀋陽)
2008-10-11
2001年 冬。僕の大学では春休みの前にテストがあって、テスト期間から春休みが終わるまで大体1ヶ月半くらいありました。そんな就職活動も始まる大学3年春に、テストをすべてボイコットして片道チケットで札幌から中国の瀋陽へ飛びました。帰りの時期は帰りたくなったら決めればいい。
この旅が一番出来事にあふれ、思う事も多かった。
授業はほとんど出ていなかったし、代返をお願いしたものの(みなさん感謝しています)出席率が全然足らないものもあって、テストを受ける前から結果は見えている。
大学2年からは教科書を一冊も買わずに過ごして、テストはコピーノートと、カンペと、図書館にあった教科書で乗り切って、親からの教科書代はすべて旅費にあててました。
もっと親孝行しなくちゃいけない。
片道チケットで出発したこの旅は、帰りが何ヶ月か伸びても構わないと思っていた。
結局、想像もしなかった形で終わるのだけど。
今見なおすと中国からインドまでの旅日記は意外と書かれていた。
途中、人に会う機会が少ない時もあったので人と話せないストレスが言葉に表れているようだ。
出発は2001年2月11日。
雪降る札幌の街から、快速エアポートで新千歳空港へ向かう。
電車の中では、いつもの高揚感と、それとは反対のこれでいいのだろうか、という気持ちが入り混ざっていた。乗った飛行機(中国なんとか航空)はバスを2台くっつけたくらいの大きさで、本当にこんなんで外国に行けるのか? という感じで、隙間から寒い空気が吹き込んでくる。
機内ではなぜかネクタイとボールペンが配られる。機内食は超質素。
瀋陽空港は電気が点いていないところが多くて、人もまばらで降りたもののどこに行ったらいいのか分からない。あっち行け、こっち行け、と無愛想な職員に言われなんとか空港を出ることはできたけど街中への出方が分からない。
チベットのガイドブックしか持ってきてなくて、街中へ出るなんて楽勝だと思っていたのだ。
バスが出る予定は無さそうだし、既に日が暮れてきていたのでタクシーに乗ることにした。
乗ってから金額交渉をするのを忘れた、と思って話しかけると英語が全然通じない。
というか、このタクシーどこに向かってるんだっけ?
いつもながら不安になるのが遅くて、あーまたやっちゃったと思う。
高速道路の途中で車を停車させて筆談で交渉に入る。
どうやら瀋陽駅に向かっているのは問題無さそうだ。
ただ、どれくらい時間がかかるのかと、金額をはっきりと言ってこない。
辺りはすっかり暗くなり、まだ中国がどういう国なのか分からないので不安も増してくる。
タクシーの相場も分からずいくらくらいが妥当なのか考えていると、運転手がいくらなら払えるのかと聞いてくる。「元」という言葉を紙に書いて。
「元」?? あ、元の両替もしてないわ・・
財布には1000円が何枚か入っていたので、
「1000円でどう? 1000元じゃないからね。」と伝えると何やら紙の上で計算をしている。
1000円は70元くらい。「もっとくれよ。」と手を出してくる。「もう出せないよ。」とやりとりが続く。
早く宿も見つけないといけないので、「オーケイ、これで頼むよ。」とタバコを一箱渡した。
「メイド イン ジャパン?」、「イエス、イエス。」と答えるとタバコに火をつけ無言で車は発進。
さっきネットで見てみたら、空港から瀋陽駅までタクシーで100元くらいとのことだったので7年前とはいえちょっと安かったのかも。

駅前に着くと、宿は近くにあったビジネスホテルみたいなところに即決。
ご飯を食べて、夜の街をふらついているとおばさんが声をかけてきた。
宿の客引きかと思って、「あの宿に今日は泊まるんだよ。」と言うとなぜか腕を組んでくる。
どうやらおばさんは娼婦のようだった。
あまりの意外さに、拒絶というより苦笑いしてごめんね、と言って断った。
瀋陽の朝は寒い。札幌より全然寒い。
朝食は通勤を急ぐ中国人ビジネスマンが集まる駅前の食堂で食べた。
店先には一人用の鍋が火にかけられていて、近づくとふたを開けて中身を見せてくれる。
どれもおいしそうなので、一番色々な具が入ってそうなのを選んだ。体中があったまる。
その街に泊まって、食べて、人に触れると風景はまた違って見えてくる。
中国では街に着いたら、宿を決めるより先に次の目的地への切符を買った方がいい。
というのも、遠距離の電車は毎日出ているわけではないし、満席になることも多くて切符はそう簡単に手に入るものじゃないからだ。
まず覚えた中国語は「没有(メイヨー)」だった。
「ない」って意味なんだけど、この言葉を聞かない日はない。
「北京行きまでの切符はありますか?」
「没有。」
「次の電車じゃなくて、その次か明日でもいいんですけど。」
「没有。(他の作業をしながら)」
「一番早くていつ乗れます? 等級はなんでもいいんですけ・・」
「没有!(次の人に割り込まれる)」
えらい時間並んで、窓口ではこんな感じで終わった。
結局別の窓口に並び直して、時刻表をメモった紙をベースに筆談することでなんとか当日の切符が買えたのだけど。この街を離れられないんじゃないかと思った。
こんなこともあったので、北京から先の電車では誰かに切符を買ってもらうことにしていた。
北京では中国歴の長い、宿で会ったイラン人に買ってもらった。
他の駅では暇そうな若い中国人を見つけて、切符を買ってきたら30元(400円くらい)上乗せして買うよ、と言うとものすごい割り込みであっと言う間に切符を買ってきてくれたことがあった。
周りの中国人も引くくらいの割り込みだった。
なんで個人で中国旅行をするときは、移動日以外に切符購入日も考えておいた方がいいです。
事前に手配してもらうのが一番ですが、あの切符購入を一度体験してみるのも悪くないです。
こうした出来事は、体制も人種も価値観も違う国に来て受ける当然の洗礼であって、そんなことでへこたれてはいけない。へこたれて、毒づいて、思い込みを持ったままでは、本当のその国の姿というのは少しも見えてこない。
物事をスムーズに進めて、色々なものを見るためには、まぁそんなもんか、というくらいの軽いあきらめがあるくらいでちょうどいい。
それでも中国人はどうしようもない連中だなぁ、と思うことが多かったけど、中国人が嫌いか?
と言われると答えは「ノー」だ。
この先でも書いていく予定だけど、きっと中国人は本当に人間らしい民族なのだ。
どんな人でも持っている欲望や感情に素直で、それが剥き出しなのだ。
その分、情に厚いと感じるようなところもあって敵に回すと怖いけど、仲間になると心強い。
そして家族や仲間を本当に大事にする。
最近はテレビや本なんかで中国の情報が増えてきているけど、それで中国を知ったような気になるのもどうかなと思っている。
マスコミの情報も嘘ではないけれど(たまに嘘もあるけど)、偏った情報が多いかなと。
思い込みで事実以上の判断をしてしまうと、自分の価値観に捕らわれた見方が出来上がる。
自分が体験したことでないのに、リアルな体験だと錯覚してしまう。
本当の中国は、思い込みやテレビのニュースや、歴史の教科書の中にあるわけではなく、12億という人たちが住む大陸と、人々の生活と精神の中にある。
これだけは絶対だと言える。
そんな中国は、混沌とした人間の生の欲望や感情を感じさせてくれる。
中国、インドという2大ビックリ大国では、自分の世界とのギャップを色々と感じました。
そのギャップを肌で感じるところから、旅は始まっていく。
今の仕事で中国人と一緒になってプロジェクトを進めているのだけど、本当に勉強熱心で、必死で、覚悟を持って仕事をしています。
日本語もペラペラで、見習わないといけないことも多い。
中国という国はあまり好きではないけど、中国人は嫌いじゃない。
大学2年からは教科書を一冊も買わずに過ごして、テストはコピーノートと、カンペと、図書館にあった教科書で乗り切って、親からの教科書代はすべて旅費にあててました。
もっと親孝行しなくちゃいけない。
片道チケットで出発したこの旅は、帰りが何ヶ月か伸びても構わないと思っていた。
結局、想像もしなかった形で終わるのだけど。
今見なおすと中国からインドまでの旅日記は意外と書かれていた。
途中、人に会う機会が少ない時もあったので人と話せないストレスが言葉に表れているようだ。
出発は2001年2月11日。
雪降る札幌の街から、快速エアポートで新千歳空港へ向かう。
電車の中では、いつもの高揚感と、それとは反対のこれでいいのだろうか、という気持ちが入り混ざっていた。乗った飛行機(中国なんとか航空)はバスを2台くっつけたくらいの大きさで、本当にこんなんで外国に行けるのか? という感じで、隙間から寒い空気が吹き込んでくる。
機内ではなぜかネクタイとボールペンが配られる。機内食は超質素。
瀋陽空港は電気が点いていないところが多くて、人もまばらで降りたもののどこに行ったらいいのか分からない。あっち行け、こっち行け、と無愛想な職員に言われなんとか空港を出ることはできたけど街中への出方が分からない。
チベットのガイドブックしか持ってきてなくて、街中へ出るなんて楽勝だと思っていたのだ。
バスが出る予定は無さそうだし、既に日が暮れてきていたのでタクシーに乗ることにした。
乗ってから金額交渉をするのを忘れた、と思って話しかけると英語が全然通じない。
というか、このタクシーどこに向かってるんだっけ?
いつもながら不安になるのが遅くて、あーまたやっちゃったと思う。
高速道路の途中で車を停車させて筆談で交渉に入る。
どうやら瀋陽駅に向かっているのは問題無さそうだ。
ただ、どれくらい時間がかかるのかと、金額をはっきりと言ってこない。
辺りはすっかり暗くなり、まだ中国がどういう国なのか分からないので不安も増してくる。
タクシーの相場も分からずいくらくらいが妥当なのか考えていると、運転手がいくらなら払えるのかと聞いてくる。「元」という言葉を紙に書いて。
「元」?? あ、元の両替もしてないわ・・
財布には1000円が何枚か入っていたので、
「1000円でどう? 1000元じゃないからね。」と伝えると何やら紙の上で計算をしている。
1000円は70元くらい。「もっとくれよ。」と手を出してくる。「もう出せないよ。」とやりとりが続く。
早く宿も見つけないといけないので、「オーケイ、これで頼むよ。」とタバコを一箱渡した。
「メイド イン ジャパン?」、「イエス、イエス。」と答えるとタバコに火をつけ無言で車は発進。
さっきネットで見てみたら、空港から瀋陽駅までタクシーで100元くらいとのことだったので7年前とはいえちょっと安かったのかも。

駅前に着くと、宿は近くにあったビジネスホテルみたいなところに即決。
ご飯を食べて、夜の街をふらついているとおばさんが声をかけてきた。
宿の客引きかと思って、「あの宿に今日は泊まるんだよ。」と言うとなぜか腕を組んでくる。
どうやらおばさんは娼婦のようだった。
あまりの意外さに、拒絶というより苦笑いしてごめんね、と言って断った。
瀋陽の朝は寒い。札幌より全然寒い。
朝食は通勤を急ぐ中国人ビジネスマンが集まる駅前の食堂で食べた。
店先には一人用の鍋が火にかけられていて、近づくとふたを開けて中身を見せてくれる。
どれもおいしそうなので、一番色々な具が入ってそうなのを選んだ。体中があったまる。
その街に泊まって、食べて、人に触れると風景はまた違って見えてくる。
中国では街に着いたら、宿を決めるより先に次の目的地への切符を買った方がいい。
というのも、遠距離の電車は毎日出ているわけではないし、満席になることも多くて切符はそう簡単に手に入るものじゃないからだ。
まず覚えた中国語は「没有(メイヨー)」だった。
「ない」って意味なんだけど、この言葉を聞かない日はない。
「北京行きまでの切符はありますか?」
「没有。」
「次の電車じゃなくて、その次か明日でもいいんですけど。」
「没有。(他の作業をしながら)」
「一番早くていつ乗れます? 等級はなんでもいいんですけ・・」
「没有!(次の人に割り込まれる)」
えらい時間並んで、窓口ではこんな感じで終わった。
結局別の窓口に並び直して、時刻表をメモった紙をベースに筆談することでなんとか当日の切符が買えたのだけど。この街を離れられないんじゃないかと思った。
こんなこともあったので、北京から先の電車では誰かに切符を買ってもらうことにしていた。
北京では中国歴の長い、宿で会ったイラン人に買ってもらった。
他の駅では暇そうな若い中国人を見つけて、切符を買ってきたら30元(400円くらい)上乗せして買うよ、と言うとものすごい割り込みであっと言う間に切符を買ってきてくれたことがあった。
周りの中国人も引くくらいの割り込みだった。
なんで個人で中国旅行をするときは、移動日以外に切符購入日も考えておいた方がいいです。
事前に手配してもらうのが一番ですが、あの切符購入を一度体験してみるのも悪くないです。
こうした出来事は、体制も人種も価値観も違う国に来て受ける当然の洗礼であって、そんなことでへこたれてはいけない。へこたれて、毒づいて、思い込みを持ったままでは、本当のその国の姿というのは少しも見えてこない。
物事をスムーズに進めて、色々なものを見るためには、まぁそんなもんか、というくらいの軽いあきらめがあるくらいでちょうどいい。
それでも中国人はどうしようもない連中だなぁ、と思うことが多かったけど、中国人が嫌いか?
と言われると答えは「ノー」だ。
この先でも書いていく予定だけど、きっと中国人は本当に人間らしい民族なのだ。
どんな人でも持っている欲望や感情に素直で、それが剥き出しなのだ。
その分、情に厚いと感じるようなところもあって敵に回すと怖いけど、仲間になると心強い。
そして家族や仲間を本当に大事にする。
最近はテレビや本なんかで中国の情報が増えてきているけど、それで中国を知ったような気になるのもどうかなと思っている。
マスコミの情報も嘘ではないけれど(たまに嘘もあるけど)、偏った情報が多いかなと。
思い込みで事実以上の判断をしてしまうと、自分の価値観に捕らわれた見方が出来上がる。
自分が体験したことでないのに、リアルな体験だと錯覚してしまう。
本当の中国は、思い込みやテレビのニュースや、歴史の教科書の中にあるわけではなく、12億という人たちが住む大陸と、人々の生活と精神の中にある。
これだけは絶対だと言える。
そんな中国は、混沌とした人間の生の欲望や感情を感じさせてくれる。
中国、インドという2大ビックリ大国では、自分の世界とのギャップを色々と感じました。
そのギャップを肌で感じるところから、旅は始まっていく。
今の仕事で中国人と一緒になってプロジェクトを進めているのだけど、本当に勉強熱心で、必死で、覚悟を持って仕事をしています。
日本語もペラペラで、見習わないといけないことも多い。
中国という国はあまり好きではないけど、中国人は嫌いじゃない。



