09
23
韓国(テジョン)での再会
2008-09-23
2000年 夏。朝起きると、居間に一家が勢ぞろいしていた。昨日は見なかった兄弟もいる。
突然お世話になって、しかも二日酔いのまま出て行くのはなんとなく気まずい。僕が起きたのに気がついたおばさんが、朝御飯ができたと声をかけにくる。
日本の朝御飯とそんなに差はないと思った。よくは覚えていないけど、味噌汁の味が自分ちのとはちと違うなーというくらい。
食後のお茶を飲みながら、さて今日はどうしよう。
あんまり長居するのも悪いし、人の親切に甘えすぎるのも良くないと思って、その日に友達のいるテジョンへ出発することにした。おばさん家のパソコンを借りて電車の時間を調べてもらって、友達へ昼頃着くとメールを一通送らせてもらう。
プサン駅まで送ってもらうと、
「また、韓国に来ることがあったら寄っていきなさい。」
と言われ、ジンとする。
こんな事もあるから、人の誘いには乗ってみるのもアリだ。善くも悪くも貴重な体験になることは間違いない。そして人の親切を無駄にしないことも、一つの礼儀だと思っています。
電車の中ではこれまでの旅程に思いを馳せようと思うのに、セマウル号はあっと言う間にテジョンの街に着いてしまう。
セマウル号っていうのは日本の新幹線みたいなもんです。
短くても移動というのは僕にとってはリラックスできる場所で、それは旅の移動というのが日常生活のから切り離された時間だからだろう。誰かと会話ができるのも嬉しいけど、一人で物思いにふけるのも悪くない。
大体何時に駅前で、なんてメールを送っておいたものの着いてみたら意外と大きい駅で、駅前ってどこだっけ・・ と頭をポリポリ。
30分ほど駅前をふらついてみるけど、友達は見当たらず疲れて荷物を降ろして駅前のバスターミナルで腰を下ろす。せっかく来たのにこりゃ会えないかもなぁ、なんて思って宿探しに向かおうとして立ち上がった瞬間、こっちを見ている2人組と目が合った。
よかった。声が届く距離まで笑い顔で近づいて行った。
ワーワー言いながら、とりあえずお茶しにお店に入る。
春にタイの宿で会ったもう一人の友達(日本人)とも待ち合わせをしていて、もう少しで駅に着くみたいと聞いて半年ぶりの再会を楽しみに待った。
万博跡に連れて行ってもらって戦車にまたがってみたり。
かき氷は量があって、食べるときはグチャグチャにかき回す。

学生街の焼き肉屋はかなり安かった。
服を買いに行ったり、CD屋で流行っている音楽を聞いてみたり。
韓国のコメディアンに似ているらしくて、ネタを教えてもらったり。
そのネタを夜のバーで使っておまけしてもらったり、夜景を見に行ったり。
部屋で韓国の歌番組を見て、コーヒーを飲んだり。

次の日は友達の姪(甥?)と遊んでみたり。
ここまで、ヒッチハイクの旅から2週間くらい経っていたけど人の家に泊まったり野宿なんかで、まだ宿にお金を使わずにすんでいた。
余計な期待はしちゃダメだけどお金がなくても旅はできるのだ。
人との出会いを求めるなら、お金は無い方がいいかもしれない。
今思い出してみると、幸せな時間だったなぁ、と思う。
お金を使えば楽しみは得られると思う。
だけど、楽しみとは一つの経験で、幸せとは心の状態ではないだろうか。
そしてその経験は、長続きしないことも多い。
働きだしてからは、何かをして遊ぶにしてもお金を使うことが多くて余計にそう感じる。
時間がなくて、お金は一応ある社会人にとってそれはしょうがないことではあるんだけど。
楽しみと幸せは似ているようで違う。
きっと楽しみは外側からくるもので、幸せは自分の内側から生まれるものなのだ。
怖いもの知らずで、一番好奇心に溢れていて世界を何のフィルターも無く見ていた頃だった。
テジョンの後は、日本人の友達と今回の旅の折り返し地点になるソウルへと向かいました。
食後のお茶を飲みながら、さて今日はどうしよう。
あんまり長居するのも悪いし、人の親切に甘えすぎるのも良くないと思って、その日に友達のいるテジョンへ出発することにした。おばさん家のパソコンを借りて電車の時間を調べてもらって、友達へ昼頃着くとメールを一通送らせてもらう。
プサン駅まで送ってもらうと、
「また、韓国に来ることがあったら寄っていきなさい。」
と言われ、ジンとする。
こんな事もあるから、人の誘いには乗ってみるのもアリだ。善くも悪くも貴重な体験になることは間違いない。そして人の親切を無駄にしないことも、一つの礼儀だと思っています。
電車の中ではこれまでの旅程に思いを馳せようと思うのに、セマウル号はあっと言う間にテジョンの街に着いてしまう。
セマウル号っていうのは日本の新幹線みたいなもんです。
短くても移動というのは僕にとってはリラックスできる場所で、それは旅の移動というのが日常生活のから切り離された時間だからだろう。誰かと会話ができるのも嬉しいけど、一人で物思いにふけるのも悪くない。
大体何時に駅前で、なんてメールを送っておいたものの着いてみたら意外と大きい駅で、駅前ってどこだっけ・・ と頭をポリポリ。
30分ほど駅前をふらついてみるけど、友達は見当たらず疲れて荷物を降ろして駅前のバスターミナルで腰を下ろす。せっかく来たのにこりゃ会えないかもなぁ、なんて思って宿探しに向かおうとして立ち上がった瞬間、こっちを見ている2人組と目が合った。
よかった。声が届く距離まで笑い顔で近づいて行った。
ワーワー言いながら、とりあえずお茶しにお店に入る。
春にタイの宿で会ったもう一人の友達(日本人)とも待ち合わせをしていて、もう少しで駅に着くみたいと聞いて半年ぶりの再会を楽しみに待った。
万博跡に連れて行ってもらって戦車にまたがってみたり。
かき氷は量があって、食べるときはグチャグチャにかき回す。

学生街の焼き肉屋はかなり安かった。
服を買いに行ったり、CD屋で流行っている音楽を聞いてみたり。
韓国のコメディアンに似ているらしくて、ネタを教えてもらったり。
そのネタを夜のバーで使っておまけしてもらったり、夜景を見に行ったり。
部屋で韓国の歌番組を見て、コーヒーを飲んだり。

次の日は友達の姪(甥?)と遊んでみたり。
ここまで、ヒッチハイクの旅から2週間くらい経っていたけど人の家に泊まったり野宿なんかで、まだ宿にお金を使わずにすんでいた。
余計な期待はしちゃダメだけどお金がなくても旅はできるのだ。
人との出会いを求めるなら、お金は無い方がいいかもしれない。
今思い出してみると、幸せな時間だったなぁ、と思う。
お金を使えば楽しみは得られると思う。
だけど、楽しみとは一つの経験で、幸せとは心の状態ではないだろうか。
そしてその経験は、長続きしないことも多い。
働きだしてからは、何かをして遊ぶにしてもお金を使うことが多くて余計にそう感じる。
時間がなくて、お金は一応ある社会人にとってそれはしょうがないことではあるんだけど。
楽しみと幸せは似ているようで違う。
きっと楽しみは外側からくるもので、幸せは自分の内側から生まれるものなのだ。
怖いもの知らずで、一番好奇心に溢れていて世界を何のフィルターも無く見ていた頃だった。
テジョンの後は、日本人の友達と今回の旅の折り返し地点になるソウルへと向かいました。



