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09
20
韓国(プサン)でおばさん家に泊まる
2008-09-20
2000年 夏。夜に下関を出発し、夜明け前にはプサン港に到着してフェリーは朝まで停泊していた。
まぁこんな時間に降ろされても困るからちょうどいい。この夏の旅は、ヒッチハイク、バイク、フェリー、電車と地に足ついた移動で、いろんな人にお世話になりました。
プサン港に着くと、フェリーで会ったおばさんに連れられてタクシーに乗る。
こんな簡単に着いて行っちゃっていいのかと思うかもしれないけど、痛い目を見たこともあってそれなりに人を見る目はできたと思っている。
この旅の後も、人ん家におじゃますることは多かったけどみんな単に親切な人ばかりだった。

着いた場所は、一階がショッピングモールになっているマンションの高層階。
プサンでの予定は何も考えていなかったし、韓国に来た目的もタイであった韓国人がテジョンという町に住んでいて、そこへちょっと遊びに行ったついでにソウルで焼き肉でも食べてこようかと思っていたくらいでした。
そんな話をおばさんにすると、余計不安に思ったのか外出中の息子をわざわざ呼んで、プサンの街を案内するようにとこれまでの経緯を説明する。息子は、突然のことにビックリしていた。
おばさんの好意で計らってくれたのだけど、自分も息子も困って目を見合わせていると息子が
「Follow me.」
と言ってとりあえず街中に連れていってくれた。
歳は確か同い年で、屋台で軽くご飯を食べながら日本や韓国で流行っているものを話してゲーセンに行くことになる。
日本でもやったことのないダンスダンスレボリューションをやって、当然負けるんだけど日本のゲームが海外でも人気で自分よりもうまいのが何か嬉しかった。
日本よりもゲーセンは盛況で、韓国でアレンジされた内容のものも多い。
その後息子の行く大学に行って、お茶部(?)に入っているらしく部室でお茶を振る舞ってくれた。日本茶を嗜む部活のようで、大学生にしちゃぁずいぶん渋い部活があるもんだ。
学校生活のこと、韓国までの旅のこと、自分の住む街(札幌)のこと、東京のこと、趣味のこと、色々なことを話して、お互い何の縁か分からないけど不思議な出会いを楽しんでいたと思う。
何が起こるか分からないけど先に進む感じと、行った先で何かに巻き込まれていく雰囲気と、いくつかの偶然で旅はできている。

市場でブタの頭がメチャメチャ並んでいるを見たり、CD屋を覗いたりして焼き肉を食べに行く。
そして一杯目から焼酎だ。ビールの中ビンくらいのボトルが次々と空いていく。
ゲームで負けて、お酒で負けるわけにはいかない。
かなり遅くまで飲んで、夜の街をフラフラと歩いて、異国なんだけどそれを感じさせない街がとても心地よかった。
マンションに戻ると、酔っぱらった姿を見ておばさんが水を出してくれた。
それだけでは酔いは醒めず、ベランダで夜風にあたりながら夜景を見ていると息子がタバコを吸いに来る。一本もらい、「今日はありがとう。」と話を始めると、一通りの会話を終えた僕らは歴史について話していた。
昔あった戦争のこと、それから朝鮮は南北に分かれたこと、そして今の韓国が日本をどう思っているかについて。
こういう話はタブーかと思ったけど、素直に本当に同年代の韓国の人がどう思っているのか聞きたかったのだ。
「実際自分は戦争をしていたわけじゃないし、個人的には日本は面白い国だと思っている。
マンガとか、ゲームとか。CDもいいね。
でも、韓国でもひきこもりとかいじめとか良くないことも起きている。
よくも悪くも、日本の影響は大きいと思う。
ただ、年配の人にはよく思っていない人もいるね。
自分ん家はそんなことないけど。
日本人を知らなくても、日本に行かなくても、日本の情報だけはあるから個人によって
受け取り方は違うんじゃないかな。
でも、初めに日本を知るのは学校の教科書だったりするし・・ 」
と、話は時代を逆上り、深いところへと進んでいく。
途中、話が途切れて無言の時間が続く。
どう会話を終わらせればいいのか分からなくなった僕は、タバコをふかした後に言った。
「now is now.」
「now is now... Yes.」
お互いそう言って、同じ方向を見たままタバコを吸い終えた。
部屋に戻ると酔いはすっかり醒めていた。
何があったかよりも、今、そしてこれからどうしていくかの方が大事だ。
日本に帰ってきてから、バイクを買ったと息子から手紙が届いた。
「あの気持ちよさは、バイクに乗ってみないと分からないね。」みたいなことが書かれていた。
どんな本を読むよりも、映画を見るよりも、韓国に近づけた気がした。
こんな簡単に着いて行っちゃっていいのかと思うかもしれないけど、痛い目を見たこともあってそれなりに人を見る目はできたと思っている。
この旅の後も、人ん家におじゃますることは多かったけどみんな単に親切な人ばかりだった。

着いた場所は、一階がショッピングモールになっているマンションの高層階。
プサンでの予定は何も考えていなかったし、韓国に来た目的もタイであった韓国人がテジョンという町に住んでいて、そこへちょっと遊びに行ったついでにソウルで焼き肉でも食べてこようかと思っていたくらいでした。
そんな話をおばさんにすると、余計不安に思ったのか外出中の息子をわざわざ呼んで、プサンの街を案内するようにとこれまでの経緯を説明する。息子は、突然のことにビックリしていた。
おばさんの好意で計らってくれたのだけど、自分も息子も困って目を見合わせていると息子が
「Follow me.」
と言ってとりあえず街中に連れていってくれた。
歳は確か同い年で、屋台で軽くご飯を食べながら日本や韓国で流行っているものを話してゲーセンに行くことになる。
日本でもやったことのないダンスダンスレボリューションをやって、当然負けるんだけど日本のゲームが海外でも人気で自分よりもうまいのが何か嬉しかった。
日本よりもゲーセンは盛況で、韓国でアレンジされた内容のものも多い。
その後息子の行く大学に行って、お茶部(?)に入っているらしく部室でお茶を振る舞ってくれた。日本茶を嗜む部活のようで、大学生にしちゃぁずいぶん渋い部活があるもんだ。
学校生活のこと、韓国までの旅のこと、自分の住む街(札幌)のこと、東京のこと、趣味のこと、色々なことを話して、お互い何の縁か分からないけど不思議な出会いを楽しんでいたと思う。
何が起こるか分からないけど先に進む感じと、行った先で何かに巻き込まれていく雰囲気と、いくつかの偶然で旅はできている。

市場でブタの頭がメチャメチャ並んでいるを見たり、CD屋を覗いたりして焼き肉を食べに行く。
そして一杯目から焼酎だ。ビールの中ビンくらいのボトルが次々と空いていく。
ゲームで負けて、お酒で負けるわけにはいかない。
かなり遅くまで飲んで、夜の街をフラフラと歩いて、異国なんだけどそれを感じさせない街がとても心地よかった。
マンションに戻ると、酔っぱらった姿を見ておばさんが水を出してくれた。
それだけでは酔いは醒めず、ベランダで夜風にあたりながら夜景を見ていると息子がタバコを吸いに来る。一本もらい、「今日はありがとう。」と話を始めると、一通りの会話を終えた僕らは歴史について話していた。
昔あった戦争のこと、それから朝鮮は南北に分かれたこと、そして今の韓国が日本をどう思っているかについて。
こういう話はタブーかと思ったけど、素直に本当に同年代の韓国の人がどう思っているのか聞きたかったのだ。
「実際自分は戦争をしていたわけじゃないし、個人的には日本は面白い国だと思っている。
マンガとか、ゲームとか。CDもいいね。
でも、韓国でもひきこもりとかいじめとか良くないことも起きている。
よくも悪くも、日本の影響は大きいと思う。
ただ、年配の人にはよく思っていない人もいるね。
自分ん家はそんなことないけど。
日本人を知らなくても、日本に行かなくても、日本の情報だけはあるから個人によって
受け取り方は違うんじゃないかな。
でも、初めに日本を知るのは学校の教科書だったりするし・・ 」
と、話は時代を逆上り、深いところへと進んでいく。
途中、話が途切れて無言の時間が続く。
どう会話を終わらせればいいのか分からなくなった僕は、タバコをふかした後に言った。
「now is now.」
「now is now... Yes.」
お互いそう言って、同じ方向を見たままタバコを吸い終えた。
部屋に戻ると酔いはすっかり醒めていた。
何があったかよりも、今、そしてこれからどうしていくかの方が大事だ。
日本に帰ってきてから、バイクを買ったと息子から手紙が届いた。
「あの気持ちよさは、バイクに乗ってみないと分からないね。」みたいなことが書かれていた。
どんな本を読むよりも、映画を見るよりも、韓国に近づけた気がした。



