幸せをめぐる冒険  アンコールワットと地雷

08

23

アンコールワットと地雷

 2008-08-23
2000年 春。
バンコクからカンボジア国境までワゴンで移動した後、国境の街で降りて歩いて国境を越えた。何か今までとは違う雰囲気があった。出来るだけ気を引き締めてアンコールワットを目指す。
無事国境を越えアンコールワットに行きたいと周りに話すと、こんな軽トラックみたいな荷台に荷物と一緒に乗せられました。
こんなとこに乗って移動するのは、小さい頃親の実家の畑で野菜を採った帰りに乗せてもらった以来だ。懐かしい気持ちで楽しくなる。

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懐かしい気持ちも10分も経たないうちに現実に戻される。
道がまたすごい悪路で、ギュウギュウに乗ってるもんだからいつ誰が落ちるか分からない。
だけど途中から見知らぬ行者達の息が合ってきて、突然の大揺れにも対応できるようになっていく。こんな状態が12時間近く続いた。
そしてカンボジアに入ると風景が変わる。なんというかアフリカに来たような感じになっていく。緑の風景が茶色になって、土は赤く、木の数は減っていく。

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ここは途中で休憩した集落。右の行者は荷台で揺られている間に、パスポートの入った荷物を無くしてしまったらしくて緊急連絡先を調べてます。
ここでもコーラを飲んだのだけど、いい加減コーラの飲みすぎで全部飲めずにいたので、左の女の子に残りをあげた。すると女の子はむしゃぶりつくように飲んでいた。
あんなにコーラをおいしそうに飲む人を僕はそれまで見たことが無い。彼女は自分で売っているコーラであるのに、それを飲む機会はほとんど無いのだろうと荷台で揺られながら思った。

軽トラは悪路をひたすら走り、辺りは暗くなる。
荷台から途中の集落を懐中電灯で照らすと、子供たちの声が聞こえる。
空には冬の星座が見えた。こんな暑い中、砂埃にまみれながら見るオリオン座は新鮮だった。

この日、宿に着いたのは日付が変わってからだった。クタクタになり、バタンキューと横になる。
閉め忘れたドアの隙間から、一緒に乗っていた日本人の声が聞こえる。
部屋の中で回るファンの音が聞こえる。
全ての音が遠くなり、僕はベッドに沈むように眠りについた。
多分、このの中で一番気持ちのいい眠りだったと思う。

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アンコールワット。言葉はいらない。是非見に行って欲しい。

僕はこのとき、バイクを借りてアンコールワットや周りの町を回っていたのだけど、数日後にバイクが盗まれる事件が起きる。バイクを無くしたことで、えらい金額を請求された事件があると何かで聞いたか読んだことがあった。
あーしまったーと思ったが、なんとかしないとと思い近くに置いてあったバイクに知らぬふりをしてキーを挿してみる。・・するとなんと、エンジンがかかってしまったのだ!
(なんででしょう。今でも不思議ですがみんなマスターキーみたいなのを使ってるのかな。)
えっ? と思いながら、何食わぬ顔でその場を急いで慎重に離れることだけに集中した。
出来るだけそのバイクには乗っていたくなかったので、早々にバイク屋に返しに行くと店の兄ちゃんは怪訝そうな顔をしていたが問題なく応じてくれた。借りたバイクより綺麗だったので助かったのかもしれない。いいかげんだなぁと思いつつ、やれやれと思って胸をなでおろす。

6年後にまたこの町に訪れたときは、道は綺麗になりホテルが増えていて以前の景色を思い出すのに苦労しました。アンコールワットには、修復の後が目立って残っていて、階段には手すりが設置され観光客の行列が出来ていた。
相変わらず素晴らしかったけど、その姿はかつての純粋な宗教施設として存在することが出来ず、また遺跡として朽ち果てることも出来ない、無様に鼻にチューブを挿して生き長らえているような感じがした。

「地雷を踏んだらさようなら」などの映画で有名なこの場所には、皆さんもご存じの通り今でも地雷が多く残っている。
屋台にいると、片足のない人たちがよく物乞いに来た。初めてのことでどう対応していいのか分からなかった。無視すべきなのか、お金をあげるべきなのか。
そうこう考えていると、本人と目が合ってしまい頭は真っ白になった。
僕はよく分からないがお祈りをしていた。
軽く目を閉じた後、前を見るとずっと前からそこで固まっていたような顔をしていて、目を合わせようとするとすぐに離れていってしまった。
この後もよくこういう場面に出くわすのだが、同じようにすることが多い。

町中のマーケットをふらついていると靴を片方だけ買っていく人がいて、片方だけ無くしたのかなと思っていたけど、あれはもしかすると地雷で片足を失った人に買っていったのかもしれない。
地雷は悪魔の兵器と呼ばれている。
その由縁は、「殺す」ことより「怪我をさせる」ことに重点が置かれている点だ。
戦略上、敵の兵士を殺すより傷つける方が有効であるため、対人地雷の威力は手足を吹き飛ばす程度に抑えられている。負傷者が出れば、その救助や病院までの移送、治療に生活保障など、長期にわたって人的・経済的負担を課せられることになる。
それに加え、地雷を踏んだ現場やその後の負傷者を見た兵士の精神的打撃も計算に入れられている。

さらに悲しいことに、この国では地雷を内戦という形で使ってしまったことではないかと思う。
僕はそのことをプノンペンで改めて考えることになる。



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