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バンコクの再会
2008-08-19
2000年 春。この旅でつけていた日記はタイに入る前のところで終わってしまっている。というのも、タイ、カンボジアでは日記を書く時間がないくらい、色々あったからだ。
バンコクには3月16日の昼過ぎに着いた。この日の夕方、バックパッカーなら誰でも知っているカオサン通りで集合することになっていた。マラッカで会った彼らだ。
カオサン通りに着いた時、正直なんだここは? と思った。
旅行者だらけで、日本人がいっぱいいて、六本木と上野と何かを一緒にして割った感じがする。
近くのセブンイレブンで立ち読みしていると、飲み会の待ち合わせで時間を潰しているような感覚になる。ただ読んでいるのは日本語ではなくて、店の中にはドーナツが売ってたりと違和感はちょっとあるのだけど。
再会といっても1週間ぶりくらいなんで、おぉ元気だった? なんて感じで屋台に向かって、それぞれ別れた後の話をした後はくだらない話をしてたんだと思う。話の内容は特に思いだせない。
他にも日本人もいっぱいいたので、一緒にご飯を食べに行ったり、飲んだりで日本での大学生活を再現していた。
この日、僕は21歳の誕生日を迎えた。
カオサンに行ったときはいつも、通りからちょっと離れたところにある「the Meeting Place」という宿に泊まっていた。当時一泊60B(約180円)で一階に集まって飲める場所があって、屋台でご飯を食べた後よくここで飲んでいたなぁ。「the Meeting Place」というだけあって、この宿で会った韓国人を頼ってこの年の夏に本当に韓国に行くことになる。

ここで、この旅で唯一「セインカミュの使える英会話」が役に立った。
日本人旅行者と、本に載っている文章を外国人に話して笑ったり。そんだけ。
まぁこんな旅行をする上で、全く役に立たない内容しか載っていないのだ。
それから日本を出るとき、海外ではライターとかボールペンが貴重らしいよ、という何十年前の情報だか分からない友達の言葉を真に受けて、ライターとボールペンを10個づつくらい持ってきていた。ライターは出国時の成田で9個没収されたけど。
このとき持ってきたボールペンは日本人に一番ありがたがられた。
僕がこの旅行で持っていったもので覚えているものをいくつか紹介。
ライター →出国時に1個残して没収
ボールペン →タイで日本人に配る
方位磁針 →街中で地図の方角を調べるのに結構役に立つ
懐中電灯 →暗い夜道には必須
トラベラーズチェック →両替が面倒で持って行ったのはこのときだけ
セインカミュの使える英会話 →全く使えなかった
ウォークマン(テープ) →B'z好きな友達とベスト盤を作って持ってった
サングラス →マレーシアで詐欺師(?)にあげる
お菓子 →酢コンブが長期旅行者にすごい喜ばれた
映るんです(2個) →何度も無くしかけた
などなど。
あとは着替えと、現地でなんとかなるかなぁと思って大したものは持っていかなかった。
バンコクでは単に楽しかった思い出しかない。
それは大学時代の飲み会を詳しく覚えていないように、なんとなく楽しい時間だった、という感覚だ。
他の旅行者と飲んでいてこれからカンボジアに行くと言うと、危ないんだよと脅されちょっとだけ不安になる。
でも旅に必要なのは、「どうにかなるさ」の精神とほどよい「慎重さ」のバランスだ。
慎重さは欠けていることが多かったけど、そのおかげで面白い体験もできた。
数日後、日本に帰る人たちとバイバイして僕はカンボジアへ向かった。
カオサン通りに着いた時、正直なんだここは? と思った。
旅行者だらけで、日本人がいっぱいいて、六本木と上野と何かを一緒にして割った感じがする。
近くのセブンイレブンで立ち読みしていると、飲み会の待ち合わせで時間を潰しているような感覚になる。ただ読んでいるのは日本語ではなくて、店の中にはドーナツが売ってたりと違和感はちょっとあるのだけど。
再会といっても1週間ぶりくらいなんで、おぉ元気だった? なんて感じで屋台に向かって、それぞれ別れた後の話をした後はくだらない話をしてたんだと思う。話の内容は特に思いだせない。
他にも日本人もいっぱいいたので、一緒にご飯を食べに行ったり、飲んだりで日本での大学生活を再現していた。
この日、僕は21歳の誕生日を迎えた。
カオサンに行ったときはいつも、通りからちょっと離れたところにある「the Meeting Place」という宿に泊まっていた。当時一泊60B(約180円)で一階に集まって飲める場所があって、屋台でご飯を食べた後よくここで飲んでいたなぁ。「the Meeting Place」というだけあって、この宿で会った韓国人を頼ってこの年の夏に本当に韓国に行くことになる。

ここで、この旅で唯一「セインカミュの使える英会話」が役に立った。
日本人旅行者と、本に載っている文章を外国人に話して笑ったり。そんだけ。
まぁこんな旅行をする上で、全く役に立たない内容しか載っていないのだ。
それから日本を出るとき、海外ではライターとかボールペンが貴重らしいよ、という何十年前の情報だか分からない友達の言葉を真に受けて、ライターとボールペンを10個づつくらい持ってきていた。ライターは出国時の成田で9個没収されたけど。
このとき持ってきたボールペンは日本人に一番ありがたがられた。
僕がこの旅行で持っていったもので覚えているものをいくつか紹介。
ライター →出国時に1個残して没収
ボールペン →タイで日本人に配る
方位磁針 →街中で地図の方角を調べるのに結構役に立つ
懐中電灯 →暗い夜道には必須
トラベラーズチェック →両替が面倒で持って行ったのはこのときだけ
セインカミュの使える英会話 →全く使えなかった
ウォークマン(テープ) →B'z好きな友達とベスト盤を作って持ってった
サングラス →マレーシアで詐欺師(?)にあげる
お菓子 →酢コンブが長期旅行者にすごい喜ばれた
映るんです(2個) →何度も無くしかけた
などなど。
あとは着替えと、現地でなんとかなるかなぁと思って大したものは持っていかなかった。
バンコクでは単に楽しかった思い出しかない。
それは大学時代の飲み会を詳しく覚えていないように、なんとなく楽しい時間だった、という感覚だ。
他の旅行者と飲んでいてこれからカンボジアに行くと言うと、危ないんだよと脅されちょっとだけ不安になる。
でも旅に必要なのは、「どうにかなるさ」の精神とほどよい「慎重さ」のバランスだ。
慎重さは欠けていることが多かったけど、そのおかげで面白い体験もできた。
数日後、日本に帰る人たちとバイバイして僕はカンボジアへ向かった。



