08
15
アロースターの黄昏 (終戦記念日)
2008-08-15
2000年 春。バス停で勢いで決めたアロースターという町へ。この町はもっと何もなかった。初めて野宿することにもなった。話は変わりますが、かつてここは太平洋戦争の舞台となりました。
ちょっと戦争について書こうと思います。
クアンタンもアロースターも、どちらもマイナーな町で旅行者に会うことはなかった。
アロースターのバス停には深夜の2時過ぎに着いて、降りる人はみんな現地の人で迎えが来ていた。辺りにタクシーなんて一台も見当たらず、海外での初野宿はこの場所となった。
起きると目の前を何本もの足が忙しそうに流れていく。体は蚊に刺されまくっている。
あわててタクシーの運ちゃんらしきおっちゃんを見つけて値段交渉するが、疲れていたのもありほとんど値切らずに宿までお願いすることにした。
「これが俺のマイカーだ。」
そう見せられたのが、とにかくボロボロのリキシャ(人力車)である。寝不足で疲れていたので、勘弁してほしかったが断る元気もなかった。
キコキコと音を立てながら、リキシャのおじさんと一言一言、間を置きながらの会話が始まる。会話の中で昔は日本人がたくさん来ていたんだよと言われた。何のことだろうと思ったが、それが戦争の頃の話だということに気がついた。
今では旅行者で日本人を見ることなんて滅多にないのに。
ここアロースターは1941年12月13日、太平洋戦争戦時下の日本軍によって占領されました。
今日は終戦記念日です。
戦争というのは、僕たちの生活とは遥かにかけ離れた世界だ。と思う。
どこかからか聞こえてくる銃声、森の中から近づいてくる敵兵の足音、息を殺して体をつたう汗、空腹と乾く喉、そんな状況はなんとなく想像できる。
でも、そこから先のイメージは湧かせることができない。
というのも、そのイメージというのは何かの戦争映画で見た場面であって、実際の戦争ではないからだ。精神状態にいたっては想像がつかない。
人は経験したことでないと、本当のところは分からない。
世界中で戦争が無かった時間というのはどれだけあるのだろうか。
戦争が起きてしまう状況は頭では理解できる。
家族や大事な人が危険にさらされれば、僕も銃を持つかもしれない。
でもやっぱり戦争はごめんだ。どんな理由があっても、人を殺すなんて嫌だ。
まぁ無鉄砲な僕が戦争に行ってもすぐに撃たれるか、何もする前に地雷でも踏んでしまっていると思う。
川沿いの屋台でビールを飲みながら物思いにふけっている方が、僕にはよっぽど性に合っている。
単なる学生でも世界を見るために海外旅行ができる。そんな平和を残していきたいし、もっと広めていきたい。世界中の人たちがオリンピックを見ながらビールを飲めるために、当たり前と思っている生活を守るために、小さくても出来る事は何かあるはずだ。
何もできなくても、そうした歴史の上に今の生活があることは知っておくべきだ。

戦争とか、平和とか、国家とか、柄にもなくそんなことを夕日を見ながら考えた。
蚊取線香に火をつけ、ベッドに横になり、ファンの音を聞きながら窓の外の夜空を見て考えた。
電車のチケットが取れずに、この町で3日足止めを食らうことになったけど、テンション高いまま2週間近く過ぎていたので体を休めるのにちょうどよかった。
それにしても丸3日一人でいるだけで、日本語がしゃべりたくなってくる。
こんなときの日記は量が多い。日本語を話せないストレスと、時間が余っているのか。
小さな町だったのでいつもの散歩コースなんてのも出来てしまった。

ここからバンコクへ向かう。
ここからが今回の旅のメインだ。
通過するだけのはずだったマレーシア。遺跡も見なかった。リゾートにも行かなかった。
旅行者との出会い、危機一髪な体験、屋台の料理、夕日が気付かせてくれたこと。
僕がこれまでに訪れた国々での出来事が、今の僕を形成している。
アロースターのバス停には深夜の2時過ぎに着いて、降りる人はみんな現地の人で迎えが来ていた。辺りにタクシーなんて一台も見当たらず、海外での初野宿はこの場所となった。
起きると目の前を何本もの足が忙しそうに流れていく。体は蚊に刺されまくっている。
あわててタクシーの運ちゃんらしきおっちゃんを見つけて値段交渉するが、疲れていたのもありほとんど値切らずに宿までお願いすることにした。
「これが俺のマイカーだ。」
そう見せられたのが、とにかくボロボロのリキシャ(人力車)である。寝不足で疲れていたので、勘弁してほしかったが断る元気もなかった。
キコキコと音を立てながら、リキシャのおじさんと一言一言、間を置きながらの会話が始まる。会話の中で昔は日本人がたくさん来ていたんだよと言われた。何のことだろうと思ったが、それが戦争の頃の話だということに気がついた。
今では旅行者で日本人を見ることなんて滅多にないのに。
ここアロースターは1941年12月13日、太平洋戦争戦時下の日本軍によって占領されました。
今日は終戦記念日です。
戦争というのは、僕たちの生活とは遥かにかけ離れた世界だ。と思う。
どこかからか聞こえてくる銃声、森の中から近づいてくる敵兵の足音、息を殺して体をつたう汗、空腹と乾く喉、そんな状況はなんとなく想像できる。
でも、そこから先のイメージは湧かせることができない。
というのも、そのイメージというのは何かの戦争映画で見た場面であって、実際の戦争ではないからだ。精神状態にいたっては想像がつかない。
人は経験したことでないと、本当のところは分からない。
世界中で戦争が無かった時間というのはどれだけあるのだろうか。
戦争が起きてしまう状況は頭では理解できる。
家族や大事な人が危険にさらされれば、僕も銃を持つかもしれない。
でもやっぱり戦争はごめんだ。どんな理由があっても、人を殺すなんて嫌だ。
まぁ無鉄砲な僕が戦争に行ってもすぐに撃たれるか、何もする前に地雷でも踏んでしまっていると思う。
川沿いの屋台でビールを飲みながら物思いにふけっている方が、僕にはよっぽど性に合っている。
単なる学生でも世界を見るために海外旅行ができる。そんな平和を残していきたいし、もっと広めていきたい。世界中の人たちがオリンピックを見ながらビールを飲めるために、当たり前と思っている生活を守るために、小さくても出来る事は何かあるはずだ。
何もできなくても、そうした歴史の上に今の生活があることは知っておくべきだ。

戦争とか、平和とか、国家とか、柄にもなくそんなことを夕日を見ながら考えた。
蚊取線香に火をつけ、ベッドに横になり、ファンの音を聞きながら窓の外の夜空を見て考えた。
電車のチケットが取れずに、この町で3日足止めを食らうことになったけど、テンション高いまま2週間近く過ぎていたので体を休めるのにちょうどよかった。
それにしても丸3日一人でいるだけで、日本語がしゃべりたくなってくる。
こんなときの日記は量が多い。日本語を話せないストレスと、時間が余っているのか。
小さな町だったのでいつもの散歩コースなんてのも出来てしまった。

ここからバンコクへ向かう。
ここからが今回の旅のメインだ。
通過するだけのはずだったマレーシア。遺跡も見なかった。リゾートにも行かなかった。
旅行者との出会い、危機一髪な体験、屋台の料理、夕日が気付かせてくれたこと。
僕がこれまでに訪れた国々での出来事が、今の僕を形成している。



