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ドラえもん全巻
2009-05-30
つい最近、ドラえもんを全巻買いました。新品でコミック版と、大長編の映画版全部。大人買いです。
小学校の頃はお金がなくて、たまに買った飛び飛びの単行本が何冊かあったなぁ。
「ドラえもん」って、変換で一発で出るのがすごいよね。

今読むと細かいところが気になってしまう。
のび太がお金を使うときは、大体10円単位で、100円になると大金の扱いになる。
小学4年生(10歳)の感覚をよく掴んでいるなぁ、って思う。
僕もその頃は、100円持って駄菓子屋に行って、10円のお菓子をいくつか買って、10円をレバーで弾いていくゲームをしたり、ルーレットのゲームをしたりしていた。
100円の缶ジュースは高級品で、マックなんて親と映画に行く時とか何かのイベントごとじゃないと食べられなかった。
それから、のび太パパとママの言動も気になってしまう。
借家暮らしでなかなかマイホームを買えないでいるところや、のび太を思う気持ちなど、大人が読むと違うところでハッとしてしまうかもしれない。
小さい頃は、あの道具使えばいいのに、なんて思ったりしてたけど、今は藤子不二雄の目線に近づいてきているのだろうか。
夢を与える一方、楽をしようとしても結局はうまくいかないんだよ、という教訓めいた内容のものも多い。
のび太の悪知恵足らず、といったところもあるが、お人好しで自己主張が苦手で肝心なところが抜けているのび太が自分と重なってしまう。
多分、僕がドラえもんの道具を手にしてもろくなことにならないだろう。

ちょっとでもドラえもんが好きな人がみんな思うこと。
それは、映画のジャイアンはかっこいい ってこと。
普段は、
「お前の物は俺の物、俺の物も俺の物」
という名言で知られるジャイアンだが、映画になると惚れてしまうほどいいやつになる。
これをジャイアン原理と呼びたい。
ジャイアン原理はコミック版ではあまり働かないが、映画版だといたるところで見られる。
映画版だとのび太たちみんなにとって、とてつもなく大きな敵がいて、共通の目標がある。
そんなとき、ジャイアンはのび太を心の友と呼び、みんなで力を合わせて悪に立ち向かうキャラクターに変身する。
そして、ジャイアンは意外と繊細だ。
ジャイアンのいろいろな面を見たいなら、「のび太の大魔境」を見てみてほしい。
この映画では前半ジャイアンのわがままのせいで、みんなをピンチに陥れてしまう。
ジャイアンは後悔するものの、素直に謝れず、何をして取り返せばいいのか分からない。
のび太たちも責めたりはしないのだけど、ジャイアンの中では被害妄想が広がっていく。
ついに、ジャイアンは夜自分の部屋で大泣きをする。
わがままな人ほど、繊細で、なかなか素直になれずに、強く当たってしまうことってあるじゃない。ほんとは一番周りのことを気にしてたりするのに。
分かっているのについやってしまって、そのせいで人間関係がギクシャクしてしまうことって。
だけど、映画の後半でドラえもん映画史上、ジャイアンの、のび太たちの最も熱いシーンがある。
道具も少なくて絶体絶命の中、ジャイアンだけが丸腰で爆弾の雨の中を進んでいく。
責任を抱えて苦しんでいたジャイアンを理解し、のび太たちも・・
ラストも他の映画のように感傷に浸る感じではなく、前向きになれる終わり方だ。
一人で責任を抱えることはないし、失敗はきっとやり直しが利くし、きっと助けは来るのだと。
ちょっと前にテレビで、宇多田ヒカルと結婚していた桐谷監督のドキュメンタリーを見た。
その中で、桐谷監督はドラえもんってマンガが大嫌いと言っていた。
「なんかさぁ、ドラえもんに道具だしてもらってなんとかしようって甘えすぎだよね。
自分で何でもやっていかないとダメだよ。」
確かに。
おっしゃる通りだ。
でも、僕がドラえもんを読みながら、これを書きながら思うことは、ドラえもんってダメな部分にもやさしいんだよね。
誰にだって心の中にダメな部分があるでしょ。
それは、のび太のぐうたらだったり、ジャイアンのわがままだったり、スネ夫のずる賢さだったり。
そういう部分ってすぐに直すのは難しい。
ダメな部分は自覚して補完して、良いとこは活かしてつまづきながらも前に進んでいく。
そんなのび太たちのストーリーを描く、藤子不二雄のメッセージは今だからこそグッとくるものがある。
最近、1日に1冊づつ読み進めているのが楽しみです。



