10
15
まさかの全財産とパスポート紛失(北京)
2008-10-15
北京では旅の全財産をパスポートを入れたバッグを無くしてしまい、危うく出発数日後に旅が終わりそうになりました。旅の仲間もいなくて、言葉も全然通じない国で、あれほど不安になって助かったこともなかなか無い。
北京の宿はこんな感じ北京の宿はガラガラで、ドミトリーに一人で泊まった。
ちょっと得した気分になるけどやっぱ寂しい。誰かと日本語で話したいと思ってしまう。
1階の部屋には8年以上中国でビジネスをしているというアティというイラン人がいて、毎晩アティの部屋でビールをご馳走になっていました。
イラン人というと、上野のアメ横で偽造テレカを買って以来で懐かしい気分になる。
上野に立ってる外国人がイラン人ってホントかどうなのか。今度聞いてみよう。
寒いのに朝からよくやりますわ中国の朝は早い。
早起きしたつもりで外に出ても、道は自転車で移動する人で溢れて屋体が並んでいる。
朝御飯は道端の屋台の肉まんが3個で1元(15円くらい)。超安い。
そして道端で卓球までやっていたりする。
アイヤーとは言ってなかったけど、イメージ通りの中国だった。
中国ではほとんど英語が通じないので、始めのうちは出来るだけ歩いて移動して景色を覚えることにした。景色を覚えれば、バスに乗っても大体どこへ向かっているのか分かるし、覚えのない景色が見えてきたら早めに降りてしまえばいいのだ。
だから海外に行くとひたすら歩いてました。
おかげで帰国後に体重を量ると痩せてて、体脂肪率が一桁になってたり。
旅ダイエットですな。
天安門広場でタコあげ北京市内お決まりの天安門やら故宮やらを回って、天安門広場では1日中タコあげをしていた。
タコ売りのおばさんからは、
「北京大学の留学生か?」と言われる。
まぁ略せば同じ大学名なんだけどね。
タコは翼を広げた鳥の形をしていて、結構精巧に作られていてクオリティは高い。
しかも翼は折り畳み可能で結構コンパクトになる。
工作好きな僕はこのタコがすっかり気に入ってしまい、インドの最後の街まで持っていき暇になったときには各地の空に上げていた。
中華料理は食べ慣れているせいもあって、外れが少ないです。
食堂では「ホイコーロ」が、「ホイコーロ」と言って伝わったのにちょっぴり感動。
焼き鳥みたいなメニューを指差すと、店員が両手の人指し指でバッテンを作ってくるので、「あぁ、焼き鳥無いんだ。」と思ってそっかそっか、それならこのワンタンスープだけでいいよ、と言うとなんでか焼き鳥が10本出てくる。
どうやら、中国で人指し指で作るバッテンは「10」という意味のようだ。
隣のテーブルのおっちゃんが、やっちゃったねぇ、みたいな顔をしていてこんなにいらないからと、おっちゃんに半分あげると代わりに点心をくれた。
宿に帰ってアティの部屋でビールを飲みながら今日の事を話していると、
「万里の長城は行ったのか?」
「まだだよ。」
「明日、自分が開催するツアーがあるから連れていってあげるよ。
ただ、ちょっと仕事を手伝って欲しいんだ。」
「オーケイ。(仕事って何・・?)」
ということで、翌日はアティ主催のツアーに着いていくことにした。
仕事というのはツアー前にDHLという物流会社のオフィスに荷物を色々運びに行くことで、軽く寝坊した僕のせいでオフィスの中をずっと走りまわってアティは今にも倒れそう。
冬の万里の長城
前の音楽家みたいなのがアティツアーのメンバーは、フランス人にドイツ人にポーランド人と、イラン人のアティ。
日本人がいなくて自分の英語もなかなか通じなくて始めは大変だった。
でも帰りのバスではちょっとずつ話せるようになって、メンバーはポーランドの旅客機パイロット達で中国でのステイ中に観光に来たそうだ。
札幌にもよく行くようで、来月はスキーして温泉に入るのだと言っていた。
北海道のレアな地名も知っていて、お酒も入って盛り上がる。
けど、ちょっと飲みすぎた。
帰りのバスは渋滞に巻き込まれ、トイレに猛烈に行きたくなる。他の人は大丈夫なのだろうか。
限界に達したときようやく宿の前に着いて、そーっと歩いてトイレへ行く。
頭の中は真っ白だった。今までの人生であれだけトイレを我慢したことは無い。
部屋に戻り、ベッドにボフっと横になって天井を見ていると何かいつもと感じが違う。
・・トイレを済ませた解放感? 何か身軽な感じがする。まさかと思ったその不安は的中した。
貴重品を全て入れたバッグをどこかに忘れてしまった!!
バスに乗ったときは持っていたはずだから、多分バスの中だ。
アティの部屋をノックと同時に開けて事情を話す。
「マネー、パスポート、ロスト、インバス!」
何を話したか全然覚えてないけど、事情はすぐに察してくれた。
だけどアティは困った顔をしながら、
「バスはその時々で手配するから、運転手を知っているわけではないんだ。」
と、机の上の紙を色々かき回す。
僕はとにかくアティを頼るしかなく、頭を抱えながらソファに座っているとアティは色々なところへ電話をかけだしていた。電話が落ち着いた頃に、アティに「見つかった?」と聞くと運転手がこれから持ってきてくれると言う。
半信半疑だった。でも待つしかない。お金はともかく、パスポートだけはあって欲しい。
トイレを我慢するより辛い時間だった。
数10分後、ホテルのフロントに運転手が来た。持っていたバッグは確かに自分のものだった。
落ち着いているふりをして受け取り、ゆっくりと中身を調べると財布もパスポートもある。
失礼だけど、財布の中身も数えた。何も無くなっていなかった。
運転手はタクシーで駆けつけていて、待たせてるからとホテルを出ようとする。
僕はとっさに100元札をチップといって渡そうとするが、運転手は受け取らない。
お礼の言葉も中国語でうまく出てこない。
「謝謝!謝謝!」
と言うと、運転手はアティに中国語で何か言って帰って行った。
タクシーの音が聞こえなくなって、アティが話す。
「これから先の旅では無くさないようにね。
中国では落とし物は99%見つからないんだから。だってさ。」
頭がボーッとして、助かったという思いと、自分もどこかで中国人というものをハナから疑ってかかっていたことに気がついた。
テレビや本や、ネットや噂の中国の情報を知らず知らずのうちに信じていた。
確かにそういう情報の面も多いと思うし、腹が立つことや、ボラれたりすることも多かった。
ただそれは日本に住んでいて、”当たり前”と思っていることが海外ではそうではないだけのことで、それこそ視野の狭い偏見なのだろう。
部屋に戻り、ベッドにボフっと横になって天井を見ていると何かいつもと感じが違う。
結局今まで見てきた中国は、自分の価値観に捕らわれた見方をしていて、「中国ってさ」みたいな、人の家を窓の外から見て住んでる人のことを分かった気になっていたのかもしれない。
自分と中国の間にあったフィルターが一枚外れた感じがした。
明日からチベット方面へ、電車で行けるところまで行く。
この日の夜、TRAIN-TRAINを何度も聴いた。
いい奴ばかりじゃないけど、悪い奴ばかりでもない。
ちなみにこの旅で持って行ったCDの1枚はこんな感じ。
他にも、2000年春の時に持っていったB'zやビートルズだけのCDも持っていってました。
・旅人 / Mr.Children
・名もなき詩 / Mr.Children
・1999年、夏、沖縄 / Mr.Children
・終わりなき旅 / Mr.Children
・Tomorrow never knows / Mr.Children
・未来は僕等の手の中 / THE BLUE HEARTS
・旅人 / THE BLUE HEARTS
・TOO MUCH PAIN / THE BLUE HEARTS
・リンダ リンダ / THE BLUE HEARTS
・TRAIN-TRAIN / THE BLUE HEARTS
・素晴らしきこの世界 / 真心ブラザーズ
・歩く花 / THE BLUE HEARTS
・月の爆撃機 / THE BLUE HEARTS
・1000のバイオリン / THE BLUE HEARTS
・青空 / THE BLUE HEARTS
・HOME / B'z



